統合失調症の患者さんが障害の受容に至るために必要なこと

今日は
障害に関連する
話題です.

障害には
受容の過程がある
という理論が
ありますが

それを参考に
そこに至るまでに
必要なことについて
書いてみたいと
思います.

自分の体験をもとに
振り返ってみますので

ぜひ
最後まで
お読みください.

統合失調症の患者さんが障害の受容に至るために必要なこと

それでは、行ってみましょう!

さて
ここのところ
ものすごく早寝の日が
続いていました.

通所のために
睡眠時間を
遅くしてみたり
早くしてみたりしていましたが

ほどほどの時間で
落ち着きそうというところで
ホッとしています.

通所をしていると
もし自分が
障害を負わずに
ずっと健康だったら
どんな人生だったのかな?


考えることが
あります.

きっと
高校にも受かっていただろうし
第一志望の大学にも
受かっていただろうなとは
思います.

そのあと
順調に就職して
順調に結婚して
子供が産まれて
みたいなことも
考えたりしました.

特に最近
変化があったのは

以前
お世話になろうとしていた
A型のほうで
障害者から正社員になられた方が
いらっしゃって

自分も
順調に通えていれば
そういう道もあったのかな〜と
人生の遅れのようなものを
感じて焦るということが
ありました.

まぁ
A型も交通事故があって
通えなくなってしまって
選択肢が狭まったのは
ありますかね.

ひとつ
よく言われることかも
しれませんが

精神科への受診というのは
新しいステージに
人生が移行していくこと
と考えられると
思います.

私は
17歳のときに
精神科にかかっていますが

よく思えば
それまでの無理が続くような
人生を見つめ直せよ
と言われていたのかもしれません.

A型のことに
関しても

確かに
選択肢が
狭まったのは
あるのかもしれませんが

交通事故が
なければ
オルゴールには
こんなに興味を
持たなかったかも
しれません.

物事には
プラスの面と
マイナスの面と
あるかなと思いますが

総じて
こういう凹凸のあるような
人生のほうが自分らしく
遠回りもまた経験として考えていて
愛おしいものだなと感じたりしています.

きっと障害の受容というのは
こういうことを言うのかな
とも思ったりします.

障害を持たれている方の中には
自分の障害なんてないほうがいい!
普通の人と同じように生活したい!
と言う方もいらっしゃるでしょう.

でもそれは
自己の否定であって
受容ではないんだろうなと
感じたりしています.

障害の受容ということに
関しては
コーンという人が
障害の受容の過程というのを
提唱しています.

詳しくはこちらの記事を
読んでみてください.

https://www.minnanokaigo.com/news/kaigo-text/rehabilitation/no49

コーン自身も
障害を持った
心理学者で

自分自身のことも
振り返りながら
5つのプロセスについて
考えたそうです.

その5つのプロセス
というのは

  • ショック
  • 回復への期待
  • 悲嘆
  • 防衛
  • 適応

だそうです.

私も
ちょっと前までは
それまでのことに
固執している時期というのが
ありましたが

いまは
適応していますね.

成長を
感じているところです.

ひとつ
障害の受容で
大事だったなと
感じるのは

自分にとっての
音楽の存在です.

やはり
とても好きなことも
大きかったですが

自分にとっては
音楽の存在は
大きかったと
感じています.

東京で
暮らしていたときは

散歩をしているときに
音楽を聴きながら
涙を流し
人に道を譲ってもらったことも
あったなと思います.

重度障害者の
苦しみというのは
そうでない人が簡単に
わかるものではないと
考えています.

音楽には
深い悲しみが表現されていて
そういったものが
私たちを癒してくれると
思います.

特に
音楽や美術
詩といった
芸術作品に触れることは

私たちには
大きな価値があると
思います.

喜びを感じにくい
精神障害者が
何か得るものがある
音楽は素晴らしいものですね.

まとめ

今日は
障害の受容について
おはなししました.

障害の受容って
簡単なことではないし
時間もかかるよなと
思います.

でもきっと
いつかその日は
やってきます.

焦らず
治療に
取り組んでいきましょうね.

それでは、今日はこの辺で.
いつもお読みいただき
ありがとうございます.

また明日です!

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