知的障害の子供への音楽の効果について-音楽療法の文献から-

日頃インターネットで
検索をしていると
音楽って本当に
自分の子供に効果があるんだろうか?
と疑問に思うパパさんママさんは
多いようです.

今日は
音楽療法の文献を元に
ひとつケースを取り上げて
知的障害の子供に
音楽療法が有効だった事例について
見てみたいと思います.

音楽の効果について
気になる方は

ぜひ最後まで
お読みください.

知的障害の子供への音楽の効果について-音楽療法の文献から-

それでは、行ってみましょう!

まずは今日の
一曲からですね!

【和風フリーBGM】望郷(Nostalgia)【琴・エレピ・和風・故郷・個展・会場BGM・和室】

さて3月も進んできましたね.
いよいよ来週に東京遠征を
控えていますが

今日は音楽療法の文献を
ご紹介したいと思います.

以前から少し
本を読んでいるというおはなしを
していました.

こちらの
レスリー・バンドという方の
「音楽療法-ことばを超えた対話-」
という本になります.

音楽について
子育て世代のパパママさんが
気になるのかなというのは
本当に音楽が子供に効果があるのか?
ということかなと思います.

こちらの効果の部分については
スピリチュアルなものや
なんとなくの主観的な文章は
たくさんあるのかなと思いますが

客観的に議論されたものや
学術的な分野からの知見というのは
少ないように感じています.

そういった部分を考慮して
今日はイギリスの音楽療法の
専門家の方の書かれた本を
ご紹介します.

イギリスでは音楽療法は
知的障害や精神障害の方を対象としたものから
はじまった歴史があるそうです.

今日は
本に書かれている
ジョンのケースについて
ご紹介します.

ジョンのケースは
少し長くなりますが
本から引用させていただきますね.

ある個人セッション

 ここに紹介する事例は、序という少年の音楽療法セッション初日に様子である。ジョンは発達検査を受けるために両親に連れられて小児発達センターに通っていた。ジョンと両親は2週間にわたって医療チームによる総合アセスメントを受けた。チームは、医師、言語療法士、心理学者、理学療法士、作業療法士、心理療法家、音楽療法士、ソーシャルワーカーで構成されrている。アセスメント終了後、チームの各専門家はそれぞれ両親と面接し、小児科医をリーダーとするケース会議にその所見をもち寄った。

 ジョンは3歳6ヶ月であるが、まだ発話がない。両親は、家庭のなかに英語とアフリカ言語の両方が存在することが原因ではないかと気にしている。両親はまた、ジョンが自己を閉ざしがちで友だちや周囲のおとなとの関係がとれあないことも心配している。ジョンはアセスメントに用意されたゲームやおもちゃにはほとんど見向きもしない。しかし作業療法士は、ジョンがテーブルをコツコツとたたくのを見て、音楽療法ならジョンのさまざまな行動を広範囲に観察できるのではないかと提案した。

 ジョンはさっそく音楽療法のアセスメントセッションを午前と午後に分けて受けた。いずれのセッションにも母親が同席している。午後のセッションは、チーム検討会のためにビデオ録画された。以下の記述は、専門家立谷学生がビデオを何度も観察し、討論したことをもとにまとめたものである。また、セッションに対するわたし自身の意見や感想も加えて、ジョンの音楽活動を支持的に解釈したいと思う。ただし、これらの事情により、描写はきわめて直感的で主観的なものとなることは否めない。

音楽療法-ことばを超えた対話- P23,23より

 わたしは小さな部屋でピアノに向かっている。ピアノのそばにはドラムとスタンド付シンバルがある。このような状況設定は、午前中に実施した初回のセッションの体験をふまえてわたしが決定したものである。ジョンはそのときこの2種類の楽器をたいそう気に入った様子だったのだ。

 ジョンが入室する。彼はドラムのシンバルの方に一目散に進み、わたしが手渡すスティックをさっと受けとって音を出し始める。楽器との接触に躊躇する気配はない。ジョンは鋭く爆発するよな音を出す。わたしは彼が表出している興奮やエネルギーに合わせるために、ピアノでさまざまな音の出し方を工夫する。ジョンとの接点を見い出し、このエネルギーの炸裂に調和しようと努めるのだ。すぐ後ろにすわっている母親はニコニコ笑いながら声をかけて息子を励ましている。わたしが4度と5度の重音の反復伴奏の上に、単純で短いメロディを弾いたりうたったりすると、ジョンはわたしの音楽に関心をもち、音に合わせてドラム打ちを続けた。このわたしの小さなアイデアは、音楽的な語りかけ、あるいはジョンの演奏のこだまである。わたしは短いフレーズを使ってジョンの名前を呼びかけて注意をひき出そうと試みた。たとえば「ハロー、ジョン。ジョンくんはぢおらむをたたいてる」などとうたいかける。2人の音楽は力強さを増す。呼びかけのフレーズが長くなると、音楽はそれだけ持続的になる。ジョンは気ままに「ダ、ダ、ダ……」という発声をくりかえす。その声にはなんらかのリズムパターンが見られ、勢いのあるドラム打ちと合致している。ジョンは「ダ」と言って別のスティックを指さした。われわれは関係を確率し始め、音楽をとおして相互作用を開始する。セッションの前半では、ジョンはすぐ後ろにすわっている母親を気にしてたびたびふり向いた。また、母親に向かってスティックを振りながら声を出すことがあった。きっと母親に挨拶をしていたのだろう。

音楽療法-ことばを超えた対話ーP23,24より

 ジョンの手からスティックが落ちて床に転がった。それを拾うのに相当の時間がかかった。そして、拾うときには手を伸ばしたりひざを曲げたりするのではなく、腰を折るような姿勢をとる。やがてもとの体勢にもどり、ドラムとシンバルの方に向き直って興奮的な「ダ」の演奏と発生を再開した。今度はシンバルだけを叩いた。すさまじい音は約20秒間続く。しかしこれまでの、シンバルとドラムを手あたり次第に使っていた様子とは異なっている。わたしはこの観察からはっきりとらえられるのだが、この時点でジョンの全身の動きは安定し、頭から足まで自分が出している音と動きが合っていた。それから前よりも大きな腕の動きでシンバルを叩き、テンポを落とす。わたしも母音をのばして長いフレーズをうたう。やがてジョンは自分の持ち場であるドラムとシンバルから離れ、わたしの領域であるピアノのところにやってきた。そしてわたしの顔をまっすぐに見つめ、「イー」「アー」という息の長い声を出した。この2つの母音発声は、わたしが即興で弾いている音楽の調性にだんだん溶け込んでくる。それは感動的なひとときであった。ジョンの顔は紅潮し始め、笑みもこぼれた。音楽はジョンを刺激し、覚醒レベルを高めたようだ。わたしが確信できることは、ジョンはわたしとなんとかコミュニケーションしようとしており、また自分の音と音楽の世界のなかで自発的に解放感を見つけているということだ。直感的な見解ではあるが、ジョンは「やっと人にうまく気持ちが伝えられるようになったよ。やっかいなことばや動作やもういらなくなったんだ」というようなことを、彼なりの方法で表現していたような気がする。

音楽療法-ことばを超えた対話- P24,25より

 ジョンは、スティック1本でドラムを破壊的に1回強打した。それはこれまで音によって確立されてきた2人の緊密なつながりを突然断ち切り、われわれを新たな方向へ向かわせることとなった。わたしはこの行為の背後にある感情をピアノで映し出してみようと考え、強く鋭い響きの和音で応答した。するとジョンは同じ鋭さをもる音をかえしてきた。つぎにわたしが和音を2つ続けてならすとジョンは3つ、それから続けてもう1つ音をかえした。これは交替に音を生み出していくゲームのようであり、音による会話のようにも聞こえる。何度も笑いが起こって探検ごっこのようになった。われわれは音楽体験を共有し始め、2人でつくり上げている音楽のなかでまさにパートナーとしてふさわしい関係となってきた。セッションを開始したときのぎこちなく散漫な雰囲気から、相互に理解し合い児湯通の意味を見い出す行為へと、状況は明らかに変わってきた。いまや2人とも、いつでも思いついたことを音楽的に表現し、すぐに相手をひきいれたり相手のしぐさや気分を模倣することができるところに到達している。あらゆることがほとんどことばを語ることなく起こるのだ。

音楽療法-ことばを超えた対話-P25より

 このセッションはさらに10分間続き、全体として約25分間の活動となった。後半は速いテンポでリズムのある「ダ」の発声と、ゆっくりした母音発声および楽器奏が交替でくりかえされた。この2種類の活動は対照的な音楽的気分をもっていた。ジョンは、ドラムとシンバルの場所と母親がすわっているところを中心にして、少しずつ広がる波紋のように動いていった。そしてその空間を使ってからだを動かしたりダンスをする。あるとき、ジョンはもう1本スティックがほしくあり、そのスティックを指さしながら声を出した。すでに手にもっている2本と合わせてダンスをするのに使うためだった。アフリカのダンスについてわたしが知識をもちあわせていればどんなによかったことだろう。やがてジョンは空間をより大きく動き回り、部屋の隅にあるカメラを指さしながらわたしの方を向いて声を出した。カメラについて何か言いたいことがあるようだ。ジョンはやがて全身で音楽を感じるようになった。先ほどまでの発声をともなった活動を離れて、自分がつくったり聞いたりする音楽とつながりのある動きやダンスを続けた。またジョンは、私が速い4拍子から静かに揺れるような3拍子に変化させたことにすばやく反応した。このセッションのあと、母親から、ジョンはダンスが好きで、《トップ オブ ザ ポップス(Top of the Pops)(*BBCテレビの歌謡音楽番組)》のようなテレビ番組を見ては、よく歌手の踊りをまねていることを聞いた。セッションの後半、ジョンは徐々に秩序のある楽器奏ができるようになり、わたしの音楽をよく意識するようにもなった。たとえばわたしがシンバルで小さな音を叩くとそれをそのまま模倣した。また音を出すことが長続きするようになり、気が散ることも少なくなった。さらに、ゆったりと落ち着いてからだを動かしたり、遅いテンポに合わせて小さな音で手拍子を打つこともできるようになった。わたしはこのセッションを終えて、今朝2人で出発した音楽の旅が少し先に進んだという感情をいだかずにはいられなかった。音楽のなかに違いの接点を見つけ、セッションの展開とともにその接点を保持することができたのである。2人でおこなった発声活動は、非常に興奮的なもの(子音の「ダ」)ときわめて親密的なもの(母音主体の音)とがあった。ジョンは自らの音楽のなかでさまざまな感情を表現し、わたしに伝えた。そしてわたしがそれらの感情を受容し、違いに意志を伝え合うまでになった。わたしはジョンのしぐさや気分を反射する単なる鏡ではなく、ジョンのアイデアをくみあげ、それらを再構成して発展させるような音楽を見つける役割をもっていた。ジョンもまた、わたしのアイデアを拾い、それを徐々に自分の演奏のなかにとり入れられるようになった。1日のあいだにおこなった。たった2回のセッションではあったが、わたしは音楽をとおしてジョンという人物と彼のニーズをいくつか把握することができた。

音楽療法 -ことばを超えた対話-P25,26,27より

ということで
ジョンのケースをご紹介しました.

ジョンはいまで言うと
知的障害に加えて
発達障害のような症例だったのかなと
思いますが

言葉を発しないジョンには
音楽療法は有効だった様子が
ケースに書かれています.

今日は音楽療法の文献から
ひとつジョンのケースをご紹介しました.

長くなりましたので
一旦これで区切ろうかなと思います.

それでは、今日はこの辺で.
いつもお読みいただき
ありがとうございます.

また明日です!

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