フリー音源の説明欄と音楽について

おはようございます。今日はちょっと早起きしすぎました。まだ眠いので、ブログを更新したら寝ようと思います。今日はフリー音源の説明欄についてのはなしです。

フリー音源の説明欄

フリー音源のサイトのほうの説明欄についてですが、いままでは一行とかで手を抜いてきました。SEOの観点からいうとあまりよくないことです。しっかり説明欄を書くと曲のイメージも伝わりますし、何よりSEOで検索にひっかかる可能性も高まります。

最近はGooglde adsのキーワードプランナーを見て、書く曲の方向性を決めていたりします。直近だと、結婚式用のブライダルオルゴールを書いています。友人の結婚もきっかけになるかもしれませんね。

音源のサイトもちょくちょく検索流入はあるようです。狙って検索にひっかかるようにやったほうがいいかなと思ったりするので、工夫したいと思います。

何故音楽をやっているのか

最近ちょくちょく「何故自分は音楽をやっているのか?」ということを考えるようになりました。板坂先生のいう「魂からの説得力」が自分にあるのか、問いただしているところです。

音楽を本格的にはじめたきっかけは小学五年生の時にピアノを習い始めたことがきっかけでしょうか。当時は妹がピアノを習っていて「習ってみる?」と声をかけてもらったのが大きかったです。ゲーム音楽がきっかけでピアノを習い始めた子でした。

高校生の時などは吹奏楽部に所属し、打楽器をやっていました。この頃になると、音大に行くという選択肢もあったと思うんですが、周りの目の変わりようにびっくりしてしまいやめました。その結果一般大学にいくようになりました。

大学生で進路を決めるタイミングだったと思いますが、ヴァイオリニストの千住真理子さんが大学にきてくださり講演会をしてくださいました。印象的だった彼女の言葉として「手首を切ったら痛いんだよ?と伝えることのできるのが音楽。だからこそ、私は音楽こそ必要なものだと思います。」とおっしゃっていました。

そのちょっと後くらいにアメリカ人のミュージシャンと東京のライブハウスで知り合い、勢いで大学をやめて音楽の仕事をはじめました。その後、アメリカ人との仕事ではビルボードに乗ったりしてましたね。懐かしいです。

「何故音楽をやっているんだろう?」と考えると、私自身が音楽で救われた過去がたくさんあるからだろうなと思ったりもします。高校生の時はちょっとだけ不登校の時期があり、その時も貪るように音楽を聞いていました。音楽はいつも一緒にいてくれる存在でした。

私自身が音楽で救われた過去があるため、私も音楽の力で誰かに手を差し伸べたいと思うことが増えていきました。

心理学で人は救えない

大学では心理学を専攻していたのですが、教授に講義で言われたことがありました。それは「心理学では人は救えない」ということ。

その教授は日本ではじめて(世界ではじめてなのかもしれません)猿の背中に電極を刺して、精神のお薬の開発に寄与した教授なんだそうです。実験系の先生だったのですが、ベテランの先生で、心理学とはどういうものかを熟知している先生でした。本も何冊か出されているようでした。

彼の言葉を考察すると、結局のところ、人を救うのは人でしかないんだろうなと思いました。学問は人は救わないと置き換えると自分の中でしっくりきます。

音楽もまた、音楽そのものは人は救わないのだろうなと思います。過信するのは危険だなと思います。

かといって、人が人の力だけで救えるのは片手で数えられるほどのようで、どうしても文化の力というのが必要になってきます。そこで、私は音楽を手段として選ぶことにしました。

ちょっとずつ明確にしていきます

今日は珍しく音楽のことについて語りました。こういう感じの投稿が喜ばれるかはわかりません。でも、自分の中では大事なことなので、たまには良いかなとも思います。好評ならまた書こうと思います。

それでは、今日はこんなところで。

また明日です!

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